声明
未成年者への性別適合医療への政治介入を目指す米国大統領令に関する声明
2025年01月30日
2025年1月30日
Tネット
2025年1月28日、ドナルド・トランプ米大統領は、未成年のトランスジェンダーに対する性別適合医療の禁止を促す新たな大統領令に署名しました。私たちTネットは、この大統領令が、性別違和をもつ未成年のケアに対して深刻な悪影響を及ぼすことを憂慮します。また、本件について健全な議論がなされるよう、以下に情報を補足します。
今回の大統領令は、医療の専門家によって蓄積されてきた知見を無視して、18歳以下の当事者に対する身体的治療(二次性徴抑制療法やホルモン療法、手術療法など)の一律の禁止を促すもので、極めて政治的・思想的背景が強いものです。
トランスジェンダーの人々にとって、適切な医療を受けられることは、身体に関わる精神的苦痛を緩和し、望む性別での社会適応を可能とするための重要な条件であり、命にも関わるものです。
特に未成年の場合は、成年の場合よりも慎重な対応が求められることから、専門家による議論が重ねられてきました。その結果、未成年の場合には、二次性徴の到来を遅延させる可逆的な薬物療法(二次性徴抑制療法)によって、望まない身体発達を抑え、身体違和の増大を抑制するとともに、ホルモン療法や手術療法によって、身体的に出生時の割当と異なる性別への移行を行うか否かを判断するための猶予期間を設けるといった手順が定められてきました。
現実の医療現場における性別適合医療の適用は、専門家がケースごとに繊細に判断すべき問題です。医療関係者は長年にわたってこれらの知見を蓄積し、米国小児科学会や米国内分泌学会はじめ、多くの専門家団体が、エビデンスに基づいた若者への医療を支持してきました。
一方、米国においては、保守的な価値観を持つ親が子のアイデンティティを否定する例も珍しくなく、家庭から排除されてストリートで暮らす若者も多いことが指摘されてきました。また、宗教団体は同性愛やトランスジェンダーに対する「治療」と称して非科学的な矯正プログラムを実施し、子を「正常に戻したい」と考える親の受け皿になってきした。
これらの背景から、性別違和を持つ子の存在を学校が知った場合も、親に通知するかどうかは慎重に検討すべき問題となっていました。
近年では、子がトランスジェンダーであることを受け入れたくない親の立場に基づく言説(子が医師や専門家に騙されているといったもの)が、政治的な意図で語られるようになっています。トランプ氏は選挙戦を通じて「子どもがゲイやトランスジェンダーになるよう学校が仕向けている」「親の知らないところで手術される」などといったデマを流布してきました。現実には教員に医療行為を行う権限はなく、アメリカ全土で、保護者の同意なしに未成年者が性別適合手術を受けた事例は報告されていません(注1)。
また、保守系の政治団体である PragerUは、性別移行を後悔している人のドキュメンタリーについて、100万ドルの予算をかけてX上で宣伝をしたとされています(注2)。性別移行を後悔する人が存在することは確かですが、専門家による研究では後悔をする人の割合は非常に少なく、性別適合医療への満足度は高いことが示されています(注3)。
なお、この大統領令には、突発性性別違和症(Rapid Onset of Gender Dysphoria:ROGD)という言葉が何度も使われています。しかし、これは、子のアイデンティティを受け入れたくない立場の保護者が集まるオンラインコミュニティでのアンケートから作り出された疑似科学的な概念です。
米国精神医学会などの専門家団体や多くの研究者が、この”ROGD”という概念には科学的・臨床的妥当性がないことを警告しています(注4)。大統領令は、このような疑似科学の概念を用いながら、科学的知見の蓄積に基づく医療を「ジャンクサイエンス」と言って攻撃している点に注意が必要です。
トランプ氏や保守系の政治団体は、青少年に対する医療を廃絶することで、トランスジェンダーの社会適応を困難にし社会から排除すると同時に、人々の不安や怖れ、専門家や教員への敵対心を煽ることで、自らへの支持を得ようとする意図を持っていると考えられます。
LGBTQの若者たちを対象とした自殺防止ホットラインを運営しているトレバー・プロジェクトによれば、未成年者への性別適合医療へのアクセス禁止などを謳う反トランスジェンダー法が制定された州において、若年の当事者が自殺を試みる数が増加していることも指摘されています(注5)。
先に署名された1月20日付の大統領令では、トランスジェンダーの子どもに対する学校の保護を撤回することも言及されています。脆弱な立場におかれた子どもたちの命と安全を犠牲にしようとしているのが一連の大統領令です(注6、注7)。
私たちは、トランスジェンダーの子どもたちの命と安全を守り、子どもたちに寄り添う保護者や教員、医療関係者らとの繋がりを促進できるよう、他の支援団体や人権団体とも連携し、日本からも声を上げていきます。
注1)CNN, Fact check: Trump revives his lie that schools are secretly sending children for gender-affirming surgeries
注2)NBC News, PragerU buys ‘takeover’ ad on X as part of $1M campaign to promote polarizing ‘Detrans’ film
注3)Tネットによる文献サマリ(性別適合医療に関する満足度と後悔率)
注4)CAAPS(2021) Position Statement on Rapid Onset Gender Dysphoria (ROGD) https://www.caaps.co/rogd-statement
注5)The Trevor Project, Anti-Transgender Laws Cause up to 72% Increase in Suicide Attempts Among Transgender and Nonbinary Youth, Study Shows
※ こちらの研究についてTネットによる文献サマリを準備中です。
注6)Tネット「2025年1月20日付の米国大統領令に関する声明」
https://tnet-japan.com/202501statement/
注7)未成年に対する治療の否定では、特に、AFABの(出生時に女性に割当てられた)トランスジェンダー少年に対する身体的治療が攻撃の対象となることがあります。これは、中絶の禁止など、女性の自己決定よりもその生殖機能の管理を重視する保守的価値観とつながっているという点にも注意が必要です。