2025年04月19日
2025年4月16日、イギリス最高裁判所は、Equality Act 2010における「女性」の定義について、「出生時に女性として割り当てられた人」に限定するという判断を下しました(UKSC 2024/0042判決)。
この判決は、差別の禁止とその例外規定に関する平等法の条文の意味を述べたものであり、トランスジェンダーの女性が女性と言えるか否かを判断したものではありません。
また、平等法はトランスジェンダーに対する差別の禁止を定めています。このことは今回の判決において何ら変わるところはありません。
判決の内容については国内のメディアでも報道されていますが、一部に誤解や極度に単純化された情報もあり、特にSNSを中心に誤った情報が広がっていることを憂慮します。
以下にこの判決に関係する論点を記します。
イギリスの平等法は差別の禁止を定める法律で、どのような属性について差別が禁止されるかを列挙しています。その中には、性別(sex)による差別の禁止と並んで、性別移行に基づく差別の禁止が挙げられており、それによりトランスジェンダーの人びとに対する差別が禁止されています。
この裁判の発端は、女性を対象としたポジティブ・アクション(具体的には、公的な役職における女性の数の割当)において、法的な性別変更をしたトランスジェンダーの女性を対象に含めるというスコットランド政府の方針に対し、反トランスジェンダーの立場を取る活動団体が異議を唱えたものでした。そこで、平等法の条文における「女性」という言葉をどう解釈するかが問題とされました。
判決は、平等法で性差別の例として挙げられている妊娠や出産に基づく差別は、生物学的女性を念頭においたものであり、そのため平等法の中での「性別」(sex)という言葉は生物学的な性を指し、「女性」という言葉は生物学的な女性を指すと位置づけました。
そのため女性を対象としたポジティブ・アクションの実施においては、トランスジェンダーの女性は対象とならないことが明確となりました。これは、出生証明書の性別を女性に変更しているトランスジェンダーの女性についても同様です。
平等法では、トランスジェンダーに対する差別が禁止されており、このことは今回の判決でも変わりません。また、社会的に性別を移行し、女性として生活するようになったトランスジェンダーの女性が女性差別を経験することもあります。そのような差別からもトランスジェンダーの女性は保護されるということを、判決は述べています。
また、裁判所は「この画期的な判決を一方の勝利と見るべきではない」と判決の冒頭で釘を刺しています。
一方で、平等法は、差別の禁止における例外規定を定めています。これには、対象を女性に限定したケアやサービスを提供することなどが含まれています。これらは無条件に許されるものではなく、合理的かつ最小限の範囲でのみ許されるものです。
女性シェルターや刑務所などにおけるトランスジェンダーの人々の扱いについては、これまでも平等法の例外規定を根拠として、シスジェンダーの人々とは異なる扱いをすることが認められてきました。今回の決定により、この例外規定の運用が拡大する可能性が指摘されていますが、現時点で明確に予想することはできません。また、これらの例外規定は、合理的かつ最小限の範囲でのみ許されるということに注意する必要があります。
今回の裁判で勝利した原告が、トランスジェンダーに対して差別的な言説を流布している団体であったことから、トランスジェンダーの当事者コミュニティから強い不安が表明されています。
トランスジェンダーの権利擁護団体であるスコティッシュ・トランスは、まずは冷静になるようにと人々に呼びかけた上で、「この決定がすべてのトランスジェンダーの人々の生活に与える影響を意図的に誇張するような論評が、すぐに数多く出てくるだろう」と警鐘を鳴らしています。
判決の内容を拡大解釈して、トランスジェンダーの権利を制限しようとする動きが活発になることが危惧されます。
すでに、「性別の定義は生物学的な性別だけと認定された」「トランスジェンダーの女性は女性ではないと認められた」といった誇張された言説が流布されています。
トランスジェンダーの人々を保護する方針を裁判所が撤回したかのような、間違った情報が浸透することで、トランスジェンダーの人々に対する誹謗や抽象がこれまで以上に増大することを私たちは強く懸念します。
また今回の裁判は、トランスジェンダーの人々が原告や被告となるものではなかったため、当事者からの意見聴取の機会もなく、原告団からの提供に基づくものと考えられる、性的少数者の生活に関する偏った情報が判決に反映されています。私たちが判決を読み解くにあたっては、こうした背景に注意が必要です。
加えて、この問題について検討する場合は、イギリスと日本の法制度の違いにも注意する必要があります。今回の判決の焦点であるイギリスの平等法に相当するような、包括的な差別禁止法は日本には存在していません。また英国には「英国一般データ保護規則」(UKGDPR)が存在しており、平等法によって保護属性とされている性別移行に関する情報は、厳格な取り扱いを要する個人情報であることが明確化されています。
このように法制度面の比較では、日本は英国のような法整備が進んでいず、トランスジェンダーの人々の権利が保証されていない状態にあると言えます。
したがって、この英国の判決を根拠にして、日本に暮らすトランスジェンダーの人々の生活を脅かしたり、人権の回復の動きを抑制したりするようなことがあってはなりません。
Tネットは、今回の判決が、イギリスに住むトランスジェンダーの人々の日常生活にどのような影響をもたらすのかを注視し、日本で暮らすトランスジェンダーの人々の生活が損なわれることのないよう、今後の情報発信に取り組んでいきます。
2025年04月04日
2025年現在、トランプ大統領の再選により、アメリカではトランスジェンダーに対する大規模なバックラッシュが生じています。医療、教育、パスポートの性別記載、軍隊での雇用、さらにはSNS運用会社の規約変更にいたるまでその影響はさまざまに波紋を呼んでおり、アメリカ国内での深刻な人権侵害だけでなく、日本を含めた各国への影響も懸念されます。一方でトランプ再選以前から、州レベルでもトランスジェンダーの権利の後退は深刻化しており、トランスジェンダーの当事者や家族が置かれた状況は厳しいものがあります。
本イベントでは、これらの情勢についてエリン・リード氏およびゾーイー・ゼファー氏のお二人をお招きしてお話を伺い、質疑応答も行います。
エリン・リード氏はアメリカにおけるトランスジェンダーの政治について最も精力的に発信をしているジャーナリストの一人で、2024年にはGLAADメディアアワードの優秀ブログ賞を受賞しています。ゾーイー・ゼファー氏は共和党支持の強いモンタナ州で初めてトランスジェンダーであることを公表して下院議員として活動しており、彼女を描いたドキュメンタリー映画『Seat 31: Zooey Zephyr』は2024年のアカデミー賞短編ドキュメンタリー部門のショートリストにも入っています。二人は昨年結婚したカップルでもあります。
イベントには日本語通訳が付きます。お二人の話を直接聞ける貴重な機会で、ぜひ一緒に学びを深めましょう。申し込みはこちらよりお願いします。
*本イベントはJSPN/ジョイセフの協力を得て開催します。
2025年03月26日
声明
2025年3月26日
Tネット
3月19日、京都家裁は婚姻中のトランスジェンダー女性による性別変更の申し立てを却下しました。Tネットはこの判断に抗議するとともに、法改正によって、婚姻中のトランスジェンダーの人びとに対する法的な性別変更の道が開かれるよう求めます。
今回の申立人のように、戸籍の登録上は「異性婚」であっても、夫婦の一方が性別を移行しており、実態として「同性婚」の状態にあるカップルは少なからずいます。そうした状況にある当事者は、法的な性別変更のために離婚するか、婚姻を継続して法的な性別変更を諦めるかという、本来しなくてもよいはずの選択を強いられています。
また、この非婚要件のほかに、性同一性障害特例法には「未成年の子がいない」ということを求める要件もあり、トランスジェンダーの人びとの家族形成に不当な制約を課し続けています。
Tネットは、それらの要件の一刻も早い撤廃を求めるとともに、戸籍上の同性であっても婚姻が認められるような、法制度の整備を求めます。加えて、これらの要件を理由として法的な性別変更を阻まれてきた当事者がより広く救済されるよう、全国の家庭裁判所において、柔軟かつ踏み込んだ判断が下されることを求めます。(参考【声明】法的な性別変更について)
Tネットでは今後も、トランスジェンダーの人々が生きやすい社会の実現を目指して、情報発信や声明の発出を続けていきます。
Tネットについて
Tネットは、トランスジェンダーに関する情報発信に取り組んできた当事者ら有志によるネットワークで、2024年8月に発足しました。代表は、木本奏太、野宮亜紀の2名が共同で務めています。今後、トランスジェンダーを取り巻く社会環境の変化を踏まえて、情報発信や提言、イベント、学習会、メディア向けセミナーの開催などを行っていく予定です。また、Webサイトでの情報発信についても、今後充実させていく予定です。
共同代表
木本奏太
<プロフィール> YouTuber/映像クリエイター。大阪芸術大学映像学科卒。YouTubeチャンネル「かなたいむ。」にて活動。トランスジェンダー男性、25歳で性別適合手術をし、現在は戸籍上も男性として生活。「映像を通して誰かの何かのきっかけに」と、SNSでLGBTQ+、耳の聞こえない両親との生活、ありのままの日常などを発信。
野宮亜紀
<プロフィール> 1998年からトランスジェンダーの自助・支援グループに運営メンバーとして携わり、2000年から東京レズビアン&ゲイパレードの実行委員、その後、パレードの主催団体であった東京プライドの理事を務める。2005年から大学で非常勤講師としてジェンダー、セクシュアリティについての講義を担当。
Webサイト
※今後、情報発信を充実させていく予定です。
https://tnet-japan.com
本件についての問い合わせ先
メール : Transgender.Network.jpgmail.com(事務局メールアドレス)
2025年01月23日
2025年1月20日付の米国大統領令に関する声明
2025年1月23日
Tネット
2025年1月20日、ドナルド・トランプ米大統領は、性別の認識に関する連邦政府の方針を変更する、新たな大統領令に署名しました。私たちTネットはこれを、トランスジェンダーの人びとの人権とその生活を深刻に脅かす危険なものであると考えます。そして、この大統領令が、米国に暮らすトランスジェンダーだけでなく、LGBTQ+の人びと全体、そして日本を含む国際社会に深刻な影響を与えうることを強く憂慮します。
この大統領令は、連邦政府の発行するパスポートやビザ、また連邦政府関係機関で働く人の人事登録における性別の登録を、全て「生物学的な性別(biological sex)」に合わせるよう求めています。そして、その場合のsexとは、その人が「受精の時点」で精子を作る方に属する人か、卵子を作る方に属する人かで定義されるとしています(注1)。
このような定義を性別の登録において強制すれば、すでに社会生活上の性別を移行して暮らしているトランスジェンダーの人びとのプライバシーが暴かれることになります。これらの人々は、社会的な性別のあり方と性別の登録が一致した状態から矛盾した状態へと変えられることになり、就労や渡航において偏見にさらされ、トラブルに巻き込まれることになります。
この大統領令は、トイレなどの施設利用に関しても混乱を生み出します。例えば、すでに男性として生活し、周囲とも男性として人間関係を構築しているトランスジェンダーの男性は、この大統領令によって、連邦政府の施設を利用する際に女性用トイレを使用することを強制され、また、収監される場合には女子刑務所に収監されることとなります。トランスジェンダーの女性も、同様の矛盾を強いられます。
本来は、当事者一人ひとりの状況や周囲との関係に即した運用をすることで、混乱を防止することが可能です。しかし「精子か卵子か」といった規則を適用すれば、現場に無用な混乱が生じるばかりでなく、暴力を誘発し安全を損ねる危険があります。
共和党とその支持層は、女性のセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の縮減を進めてきました。この大統領令もまた、思想的背景に基づいて性別の規範を強制しようとする一連の動きに連なるもので、現実に「女性を守る」ようなものではありません(注2)。その意図は、社会にあえて混乱を招き、トランスジェンダーの人々の社会生活が困難となるよう仕向けることで公的社会から排除していくこと、それによって過激な中核的支持層の歓心を得ることにあると考えられます。
とりわけ、トランスジェンダーの子どもや若者が教育現場で受ける影響は、見過ごすことができません。今回の大統領令では、学校において、トランスジェンダーだけでなく、同性愛者なども含めたLGBTQ+の児童・生徒を保護してきた多くの施策を撤回するよう要求しています。これらの子どもたちにとって、学校は、いじめやハラスメント、構造的な差別に直面しやすい場であり、安全とは言えない環境です。弱い立場に置かれた子どもたちから、安心して学べる場を奪うことは、未来の可能性を大きく狭めることにつながります。
カミングアウトをする人も少なく実態が知られていないトランスジェンダーを標的とし、人々の敵意を煽ることで支持を得ようとする姿勢は、とうてい容認できるものではありません。特に、米国の大統領が過激な姿勢を示すことで、日本国内においても見られる差別的・反社会的言説や、社会の分断が加速されることを私たちは懸念します。
また、社会のリーダーであるべき政治家が率先して、出身地、人種、民族、性別、性的指向・性自認などの属性や経験に基づく差別や排除を促すことに強く抗議します。
以上
注1:
「出生の時点」ではなく「受精の時点」という記述は一般的に見て奇異であり、一部には、受精卵を人と見なして妊娠中絶の自己決定を否定する考え方を反映しているとの見方もあります。
注2:
大統領令は、この方針変更によって「女性を守る」と謳っています。しかし、出生上の性の区分にしたがった施設利用を強制すれば、多くのトランスジェンダーが(女性も男性も)見た目と逆の施設を使うこととなり、混乱が増大します。シスジェンダーであっても、男性的な外見や体格をもつ女性は疑いの目を向けられ、暴力などの被害に会いやすくなることが考えられます。また、大統領令の定義によればトランスジェンダーの男性は「女性」に含まれますが、そのような人が「守る」対象に含まれていないことは明らかです。さらに、社会的な脆弱性ではなく生殖能力を根拠として女性を保護するという考え方は、女性を「産む装置」とみなす社会への逆行につながるという点に注意が必要です。
本件についての問い合わせ先
メール : transgender.network.jp@gmail.com(事務局メールアドレス)
Webサイトhttps://tnet-japan.com/
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