声明
【声明】性同一性障害特例法5号要件違憲決定を受けて
2025年09月23日
今月19日、札幌家庭裁判所が、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下、性同一性障害特例法)において定められた性別変更のいくつかの要件のうち、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」(以下、5号要件)について違憲であるとの判断を示し、当事者の性別変更を認める決定を下したことが明らかになりました(朝日新聞「性別変更の外観要件は「違憲」 性同一性障害特例法めぐり札幌家裁」)。
Tネットはこの決定を、出生上の性とは異なる性で生活を送るトランスジェンダーの人々の実態を踏まえた現実的なものとして歓迎します。また、今後も全国の裁判所において、トランスジェンダーの人々の生活の実態に則して、柔軟な決定がなされることを期待します。
【問題の背景】
(1.性同一性障害特例法)
出生上の性とは異なる性で生活を送るトランスジェンダーの人々は、生活の実態と戸籍や住民票などの性別の記載が食い違うため、身分証明書を提示するさまざまな場面で、偏見や差別を受ける、プライバシーが暴露されるといった困難を抱えていました。これを解決するため、2003年に性同一性障害特例法が成立しました。
性同一性障害特例法は、法的な性別変更を認める要件として、2名の医師の診断のほかに、5つの要件を定めています。このうち、生殖機能について定めた4号要件(生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること)と性器の外観について定めた5号要件は、「性別適合手術」によって満たされるため「手術要件」と呼ばれてきました。
(2.手術を要件とすることの問題)
しかし、性別適合手術は日常生活において他人に知られることのない性器の部分に関わる手術であり、性器以外の身体的外見や社会生活とは関わりがありません。実際に、性別適合手術を受けずに出生上の性と異なる性で生活を送るトランスジェンダーの人々は、数多く存在しています。それらの人々が手術要件によって戸籍などの証明書の性別を変更できないことは、長らく問題として指摘されてきました。特に、法的な性別の変更にあたって、身体的な侵襲性の高い性別適合手術を受けるよう求められることは、身体に関する自己決定の侵害として問題視されてきました。
(3.ホルモン療法を要件とすることの問題)
2つの手術要件のうち生殖機能について定めた4号要件については、最高裁判所が2023年に違憲と判断しました。一方、5号要件については、手術を受けていない場合でも、ホルモン療法による性器の外観の変化によって要件を満たすと判断する裁判所が増えつつあります。しかし、その判断は裁判所や裁判官によって違いがあり、変更を認められないケースもあることが問題となっています。
トランスジェンダーの人々に対するホルモン療法は、身体に関わる性別違和の軽減や健康の維持を目的としており、あくまで本人の希望に基づいて行われるものです。また、ホルモン療法には生殖能力を抑制、縮減させる効果があり、長期の継続で生殖能力の不可逆な喪失に結びつく場合もあります。これを法的な性別変更の条件として一律に要請することは、手術を一律に要請することと同じように、自らの身体について自己決定をする権利に反するものとなり得ます。
【今回の決定について】
このような経緯がある中で、札幌家庭裁判所は、手術やホルモン療法のような医学的な措置を一律に性別変更の要件とすることは、憲法13条が保障する「身体への侵襲を受けない自由」を制約しており、5号要件そのものが憲法に違反すると判断しました。5号要件を違憲とする判断はこれまで確認されていませんでした。
Tネットはこの決定を妥当なものと評価します。また、全国の裁判所において、今後も同様の決定がなされることを期待します。
【注意点】
(1.この法律の意義)
性同一性障害特例法が必要とされたのは、社会生活において戸籍や住民票などの証明書を使う際に、その性別記載が生活の実態と一致しないことで生じる様々な不利益を解消するためです。具体的には、就業や就学、海外渡航、住居の賃貸、その他のサービス契約などの場面で偏見や差別を受けたり、プライバシーが暴露されたりすることを解消するものです。これらの場面で、性同一性障害特例法による証明書の性別記載変更は大きな意味を持ちます。
(2.公衆浴場との関連)
一方で、性器の外観が要件とされる根拠として、過去には公衆浴場での混乱の防止が目的であると言われてきました。しかし、公衆浴場の利用に際して戸籍や住民票などの証明書を提示することはなく、現実的に性同一性障害特例法による証明書の性別記載変更は意味を持ちません。
公衆浴場の利用における男女の区分については、厚生労働省が「身体的特徴」を基準とすることを通知しています。戸籍の性別記載を変更しているか、していないかに関わらず、その利用は身体的特徴に基づくもので、「戸籍が女だから女性浴場に入れる」「戸籍が男性だから男性浴場に入れる」というわけではありません。この点からも、性器の外観を性別変更の要件とすることには、そもそも必然性がないと言えます。
今回の家裁の決定もまた、「戸籍上の性別が変わっても、変更後の性別で公衆浴場などを利用できるとは限らず、問題は浴場などの利用ルールで対応できる」とし、外観要件によって混乱を避ける必要性は相当低いと判断しています(朝日新聞)。
(3.扇動的な言説について)
SNSなどでは、性同一性障害特例法の手術要件(4号要件、5号要件)がなくなることで、女性用の公衆浴場に男性の身体的特徴を持つ人が入れるようになる、といった言説がしばしば見られます。しかし、上で述べたように、これは端的な事実誤認に基づくものであり、かつトランスジェンダーの人々を「戸籍を変更して女性浴場に入って来ようとしている」という歪んだイメージとともに描き出すことで、悪印象を導くものです。特に、そのような事実誤認に基づく言説を恣意的に流通させることは、差別的な行為と言わざるを得ません。
Tネットは、本件の決定を機に、上記のような差別扇動的な言説が増加することを懸念しています。メディア各社にも、適切な認識のもとで報道をしていただくようお願い申し上げます。(以上)

本件についての問い合わせ先
メール : Transgender.Network.jp(注:間にアットマーク)gmail.com (事務局メールアドレス)
本声明PDFは以下よりダウンロードできます。
Tネットについて
Tネットは、トランスジェンダーに関する情報発信に取り組んできた当事者ら有志によるネットワークで、2024年8月に発足しました。代表は、木本奏太、野宮亜紀の2名が共同で務めています。今後、トランスジェンダーを取り巻く社会環境の変化を踏まえて、情報発信や提言、イベント、学習会、メディア向けセミナーの開催などを行っていく予定です。また、Webサイトでの情報発信についても、今後充実させていく予定です。
木本奏太<プロフィール> YouTuber/映像クリエイター。大阪芸術大学映像学科卒。YouTubeチャンネル「かなたいむ。」にて活動。トランスジェンダー男性、25歳で性別適合手術をし、現在は戸籍上も男性として生活。「映像を通して誰かの何かのきっかけに」と、SNSでLGBTQ+、耳の聞こえない両親との生活、ありのままの日常などを発信。
野宮亜紀<プロフィール> 1998年からトランスジェンダーの自助・支援グループに運営メンバーとして携わり、2000年から東京レズビアン&ゲイパレードの実行委員、その後、パレードの主催団体であった東京プライドの理事を務める。2005年から大学で非常勤講師としてジェンダー、セクシュアリティについての講義を担当。
Webサイト ※仮開設中です。今後、情報発信を充実させていく予定です。