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【データ紹介】トランスジェンダーの人々を対象とした医療とその満足度
2025年01月30日
近年、トランスジェンダーの人々が受ける身体的治療について、思想的な立場からこれを批判する論調が見られるようになりました。なかには、多くの当事者が治療を受けたことを「後悔している」といった主張も見られます。
しかし、現実には、治療を受けたことを後悔する人の割合は非常に少ないということを、多くの研究が示しています。このページでは、最近の研究結果から、その一部をご紹介します。
①アメリカとカナダの青少年を対象とした 思春期における性別適合医療に対する満足度と後悔度に関するコホート研究
原題は「Levels of Satisfaction and Regret With Gender-Affirming Medical Care in Adolescence」でJAMA Pediatricsに掲載された2024年の論文です。
この研究は、米国とカナダ(主に米国)で、思春期に二次性徴抑制剤やホルモン剤を利用した220人の青少年の経験を調査し、分析したものです。
調査結果からは、二次性徴抑制剤の利用と、ホルモン剤の利用の双方において、非常に高い満足度が得られていることが示されました。治療期間の平均は二次性徴抑制剤については約5年、ホルモン剤については約3年で、220名のうち214名(97%)は調査時点で治療を継続し、6名(3%)のみが治療を中止したか中止の意思を示していました。いずれかもしくは一方の治療について明確な後悔を示したのは9名(4%)で、そのうち5名が治療を中止したか中止の意思を示していました。
二次性徴抑制剤やホルモン剤を利用した時期については、いずれも94%以上の回答者が適切な時期だった、あるいはもっと早期に行いたかったと回答していました。
回答者が最も満足していた点は、望んでいた身体的変化が得られたことで、一方、不満の主な理由は、投薬の方法(痛みなど)に関するものでした。また、治療への後悔については、治療自体に基づく理由や、社会的な理由を区別する必要がありますが、この研究ではその理由の詳細な分析には至っていません。
② 西オーストラリアの小児ジェンダー・クリニックにおける出生時性別への性自認の回帰に関するコホート研究
原題は「Reidentification With Birth-Registered Sex in a Western Australian Pediatric Gender Clinic Cohort」でJAMA Pediatricsに掲載された2024年の論文です。
この研究は、2014年1月1日から2020年12月31日までに、パース小児病院(西オーストラリア)のChild and Adolescent Health Service Gender Diversity Service(18歳までの小児と青年にアセスメントや性別適合医療などを提供する西オーストラリア州唯一の専門サービス)へ紹介され、必要な医療ケアが確定した全患者を対象としたものです。
調査で対象になった548例のうち、29例(5.3%)が、アセスメントの前、またはアセスメント中に、自身を出生時に登録された性別に自認し直していました。一方、二次性徴抑制剤やホルモン治療を始めた後に、出生時に登録された性別への回帰を報告した人の割合は1.0%でした。したがって、治療を開始した患者が出生時に登録された性別に回帰する割合は非常に低いと、この研究では示唆しています。
なお、出生時に登録された性別への回帰は、自分はトランスジェンダーではないと考えるようになったということであり、必ずしも、社会的な性別移行の中止や医療介入の中止・再移行を含むものではないということに注意する必要があります。
③ 全米トランスジェンダー平等センター 米国トランスジェンダー調査2022
全米トランスジェンダー平等センターが実施した2022年の全米トランスジェンダー調査(2022 U.S. TRANS SURVEY)では、米国、米国領土、海外の米軍基地に居住する、 16 歳以上のバイナリーおよびノンバイナリーのトランスジェンダーを対象に、医療に関する経験や、家族関係、経済状況などを尋ねています*。この調査には9万人以上が回答しており、世界的に見て最大規模の、トランスジェンダーを対象とした調査と言えます。
*James, S.E., Herman, J.L., Durso, L.E., & Heng-Lehtinen, R. (2024). Early Insights: A Report of the 2022 U.S. Transgender Survey. National Center for Transgender Equality, Washington, DC
ホルモン治療後の生活満足度に関する質問では、ホルモン治療を受けている回答者のほぼ全員(98%)が、ホルモン治療を受けたことで、満足度が向上したと回答しています。また、手術(gender affirming surgery)を1 種類以上受けた回答者のほぼ全員 (97%) が、手術によって生活満足度が向上したと回答しています。
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出典:https://ustranssurvey.org/report/health/
④ 手術後の患者の後悔に関するシステマティック・レビュー
アメリカ外科ジャーナルに2024年に掲載されたレビュー「A systematic review of patient regret after surgery- A common phenomenon in many specialties but rare within gender-affirmation surgery」では、一般に行なわれている形成外科手術などを患者が受けた場合の後悔率や人生において重大な選択をした場合の後悔率と、トランスジェンダーが性別適合手術(gender affirming surgery)を受けた場合の後悔率を比較しています。
このレビューでは、学術的な手法に基づき、性別適合手術、その他の手術、手術以外の人生の選択に関する55の論文を抽出し、評価しています。
その結果からは、性別適合手術後の後悔率は論文によって異なるものの1%以下であり、一般の人々に提供されている多くの形成外科手術よりも低いことが示されました。例えば、乳房再建術の後悔率は、やはり論文によって異なるものの0%から47.1%、豊胸手術の後悔率は5.1%から9.1%でした。また形成外科分野以外では、前立腺の摘出手術後に患者の30%が後悔しているという結果が得られていました。
さらに、人生の選択に関する後悔を調べたいくつかの研究では、人生をやり直せるなら子どもを持ちたくないと答えた親が7%、タトゥーを入れたことに後悔する割合が16.2%であるなど、高い後悔率が示されていました。
レビューでは、これらの手術や人生の選択に比べ、性別適合手術について後悔を経験する割合は極めて低いと評価しています。
レビューは、その考察で、性別適合手術の後悔率が低い理由として、慎重な事前のプロセス(精神健康面でのサポートやホルモン治療など)があることを指摘しています。また、手術への後悔はどのような手術でも生じる可能性があり、事前の十分な情報提供と意思決定のサポートが大切であると指摘しています。さらに、患者がフォローアップを受けないなどの事情で後悔率が過少評価される傾向は、どのような手術においてもあること、一方で、性別適合手術への後悔については、治療の規制を推進しようとする政治的な動きに利用されやすく、調査と評価にあたって独特の課題があることに言及しています。