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仕事編:ホルモン療法を続けるための病院がない地域に転勤命令がでたら
2024年09月24日
2018年のGID(性同一性障害)学会で販売されたGID全国交流会誌2018「特集号 トランスジェンダー としごと」の制作に関わった方および弁護士の許可を得て転載します。
<回答> 弁護士宮井 麻由子
Q1) 定期的にホルモン療法を受けています。先日、転勤の辞令 が出ましたが、転勤先の地域には安心して通える医療機関 がなくて不安です。
Q2) 転勤を拒否したところ退職するよう言われてしまいました。
A
1)辞令を撤回してもらえる可能性があります。
2)「辞表や退職届を書く前に」早めに専門家に相談することをすすめます。
1 事業主との約束を確認しましょう
採用のときなどに事業主との間で勤務地を限定する約束をしていたならば、事業主はその社員を約束した勤務地以外で働かせることはできません。就業規則や労働協約に「転勤を命じることがある。この場合には拒むことはできない」などと書かれていても、社員との個別の約束の方が優先されるので、約束した勤務地以外で働かせることはできません。転勤を命じる辞令を受けてしまっても、その辞令は法律的には無効ですから、事業主に勤務地を限定する約束があったことを伝えて、辞令を撤回してもらうことができるはずです。
「勤務地を限定する約束」が雇用契約書や労働条件通知書などの書類にはっきりと書かれていればベストですが、そうでなくてももともと転勤がないのが暗黙の了解になっていたようなケースでは、勤務地を限定する約束をしたということになる場合があります。
2 勤務地を限定する約束がなくても、転勤しなくてよい場合があります
事業主との間で勤務地を限定する約束がない場合でも、トランスジェンダーの社員にとって転勤先の地域に良い医療機関がなく、術後ケアやホルモン療法ができないとか(絶対できなくはないけれども)すごく困難になるという場合はどうでしょうか。例えば、事業主側としては社内の慣例で転勤を命じたけれどもどうしてもその社員をその場所に転勤させる必要があるわけではない、というケースがよくあります。一方の社員側は、転勤によって適切な医療機関に通いづらくなり、大きな負担が生まれるという場合、双方のメリット・デメリットがとてもアンバランスです。そういう辞令は法律的に無効である可能性が高いでしょう。そのことを事業主に伝えて、辞令を撤回してもらうことが考えられます。
通院のことは事業主に知られたくないけれど転勤は避けたい場合、通院の件とは別にもう一つなにか「転勤によって生じる大きな負担」がないと転勤を拒むことは難しいかもしれません。事情を知らない事業主から見ると「この社員には大きな負担はない」ことになるからです。人事担当者など一部の人にだけ事情を伝える、といった方法も考えてみましょう。
ちなみに、転勤の辞令が出た後で治療を始めたり、以前はごくたまにしか通院していなかったけれども、辞令が出た後に頻繁に通院し始めたりという場合には、転勤の辞令自体には問題がなく辞令に従わないといけない、となりやすいので、注意が必要です。
3 嫌がらせ目的の場合には従う必要はありません
いずれのケースでも、事業主が転勤を命じてきた目的が嫌がらせのためだったり自発的に退職に追い込むためだったりする場合、法律的にはそんな辞令は無効であり従う必要はありません。ただし、そんな不誠実なことをしてくる事業主であれば慎重に対応した方が良いでしょうから弁護士などの専門家に相談することをすすめます。
4 転勤に従わないからといって、すぐ解雇してよいわけではありません
転勤の辞令に法律的な問題があり無効である場合、社員はそれに従う必要がないので、転勤に従わないからといって、事業主はペナルティを与えることはできません。この場合、解雇や懲戒処分はできないのです。
転勤の辞令が法律的には「有効」である場合でも、「辞令に従わないから、すぐ解雇してOK」ではありません。たとえ辞令は有効でも、社員側に医療不安などがあって、すぐには承諾できないのもやむを得ないような場合、解雇してはいけないケースもあるのです。「転勤するか・辞めるか」の二者択一とは限らないので、じっくり話し合ってみることが望ましいと思います。
5 退職をすすめられたり「解雇する」と言われたりしたら「辞表や退職届を出す前に」専門家に相談を
辞表や退職届を出して、いったん「退職します」と表明してしまうと、あとでどんなに後悔しても退職を取り消すことは難しいのです。退職をすすめられたり、「解雇する」と言われたときは、慎重な対応が必要なので、「辞表や退職届を出す前に」とにかく早めに弁護士などの専門家に相談することをすすめます。職場で「今すぐここで回答しなさい」とせまられても(注回答のせまり方には色々なパターンがあります)、「少し考えさせてください」と言って、回答するまでの時間をかせいで(←これ、とても大切です)、その間に専門家に相談しましょう。
6 損害賠償や慰謝料の請求ができる場合も
転勤の辞令に法律的な問題があり無効である場合、社員はそれに従う必要がないのはもちろんですが、ケースによっては社員から事業主に対して損害賠償や慰謝料の請求ができることもあります。
7 事業主側も、トランスジェンダー医療の現状への理解を
トランスジェンダーが、自認する性別に近づくための適切な医療を受けることは、「生活の質」に関わるとても重要な問題です。将来的には、日本全国あまねくトランスジェンダーのための良質な医療機関がいきわたればよいのですが、現状はそうなっていません。事業主が転勤の辞令を出すときには、こうした現状をふまえた対応が必要になってくると思います。
制作・著作:GID全国交流会2018 有志実行委員会