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【データ紹介】米国の反トランスジェンダー法が未成年者のメンタルヘルスに与える影響
2025-02-08 情報

【データ紹介】米国の反トランスジェンダー法が未成年者のメンタルヘルスに与える影響

米国では、トランスジェンダーの人々の生活や、それに関わる医療や教育現場での対応に制限を設ける動きが加速しています。 トランプ大統領による2025年1月の大統領令よりも前に、共和党が優勢な一部の州ではすでに「反トランスジェ […]

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未成年者への性別適合医療への政治介入を目指す米国大統領令に関する声明
2025-01-30 声明

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【データ紹介】米国の反トランスジェンダー法が未成年者のメンタルヘルスに与える影響

2025年02月08日

米国では、トランスジェンダーの人々の生活や、それに関わる医療や教育現場での対応に制限を設ける動きが加速しています。

トランプ大統領による2025年1月の大統領令よりも前に、共和党が優勢な一部の州ではすでに「反トランスジェンダー法」が制定され、トランスジェンダーやノンバイナリーの当事者が苦しい立場に置かれています。また、メンタルヘルスに与える影響も懸念され、特に若者たちの間で深刻な問題を引き起こす懸念があります。

2024年9月、LGBTQの若者の自殺防止ホットラインとして知られるトレバー・プロジェクトの研究者らは、各州の反トランスジェンダー法が自殺リスクに重大な影響を与えていることを立証した研究結果を、査読付き学術誌「Nature Human Behaviour」に論文として発表しました(注1)。

研究では、2018年から2022年まで5回分の、合計61,240名分のトランスジェンダーおよびノンバイナリーの若者に対する調査データを用い、性別適合医療の制限、トイレ利用の制限、スポーツへの参加の制限などのうち、少なくとも1つの反トランス法が制定されている州について、法律の制定前と制定後の、自殺未遂回数などの値を分析しています。

※図は文献をもとにTネットにて作成

※年数の記述は、実際には法律の制定時点から数えて何回目の調査かを示します

研究者らは「差分の差分法」と呼ばれる統計的な因果分析手法を用い、13~17歳の集団(多くの州で未成年とされる年齢層)と、13~24歳の集団(若者全体)のそれぞれについて検証を行なっています。また、法律の制定から数えて何回目の調査であったか(1回目、2回目、3回目)についてその影響を比較しています。

この論文によると、法律の制定は、若者の「1年間の自殺未遂回数」と、若者が「過去1年に一度でも自殺を試みたか否か」に影響を与えていました。法律が制定されるまでの時点ではこれらの増減は確認できない一方、法律が制定された後に増加傾向が見られました。

1年間の自殺未遂回数(最小を0回、最大を6回以上とする選択式回答)について、13~17歳の場合は、法律の制定から数えて1回目、2回目、3回目の調査時点において、有意な増加傾向が確認されました。全体の平均に比べた増加の程度(統計モデルから得られた推定値)は、それぞれ7%、72%、52%でした。

13~24歳の場合は、法律の制定から数えて2回目、3回目の調査時点において、値の有意な増加傾向が確認され、全体の平均に比べた増加の程度は、それぞれ38%、44%でした。

過去1年に一度でも自殺を試みたか否か(試みた場合を1とし、それ以外を0として算定)についても、13~17歳の場合と13~24歳の場合の双方で、2回目と3回目の調査時点において、有意な増加傾向が確認されました。13~17歳の2回目の調査時点で最も影響が大きく、全体の平均に比べた増加の程度は49%でした。

また、NBCニュースの記事では、この研究に関連して、医師や研究者のコメントを紹介しています(注2)。

児童精神科医で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のプログラムのディレクターであるジャック・ターバン氏は、法律が自殺未遂を引き起こしている証拠を統計的な因果推論から示した点で、この研究は重要だと述べています。

トレバー・プロジェクトの研究担当者であるロニタ・ナス氏は、トランスジェンダーやノンバイナリーの若者は、本来自殺リスクが高いわけではく、虐待や偏見、さらに「こうした差別的な政策の実施」によりリスクが高まることが多いと述べています。

注1)

Lee, W.Y., Hobbs, J.N., Hobaica, S. et al. State-level anti-transgender laws increase past-year suicide attempts among transgender and non-binary young people in the USA. Nat Hum Behav 8, 2096–2106 (2024).

https://doi.org/10.1038/s41562-024-01979-5

注2)

NBC News Oct. 1, 2024

Study establishes first causal link between anti-trans laws and suicide attempts

State laws targeting trans people caused up to a 72% increase in suicide attempts among trans and nonbinary youths, the study shows.

https://www.nbcnews.com/nbc-out/out-news/anti-trans-laws-suicide-attempts-teens-increase-rcna172906

未成年者への性別適合医療への政治介入を目指す米国大統領令に関する声明

2025年01月30日

2025年1月30日

Tネット  

 2025年1月28日、ドナルド・トランプ米大統領は、未成年のトランスジェンダーに対する性別適合医療の禁止を促す新たな大統領令に署名しました。私たちTネットは、この大統領令が、性別違和をもつ未成年のケアに対して深刻な悪影響を及ぼすことを憂慮します。また、本件について健全な議論がなされるよう、以下に情報を補足します。

 今回の大統領令は、医療の専門家によって蓄積されてきた知見を無視して、18歳以下の当事者に対する身体的治療(二次性徴抑制療法やホルモン療法、手術療法など)の一律の禁止を促すもので、極めて政治的・思想的背景が強いものです。

 トランスジェンダーの人々にとって、適切な医療を受けられることは、身体に関わる精神的苦痛を緩和し、望む性別での社会適応を可能とするための重要な条件であり、命にも関わるものです。

 特に未成年の場合は、成年の場合よりも慎重な対応が求められることから、専門家による議論が重ねられてきました。その結果、未成年の場合には、二次性徴の到来を遅延させる可逆的な薬物療法(二次性徴抑制療法)によって、望まない身体発達を抑え、身体違和の増大を抑制するとともに、ホルモン療法や手術療法によって、身体的に出生時の割当と異なる性別への移行を行うか否かを判断するための猶予期間を設けるといった手順が定められてきました。

 現実の医療現場における性別適合医療の適用は、専門家がケースごとに繊細に判断すべき問題です。医療関係者は長年にわたってこれらの知見を蓄積し、米国小児科学会や米国内分泌学会はじめ、多くの専門家団体が、エビデンスに基づいた若者への医療を支持してきました。

 一方、米国においては、保守的な価値観を持つ親が子のアイデンティティを否定する例も珍しくなく、家庭から排除されてストリートで暮らす若者も多いことが指摘されてきました。また、宗教団体は同性愛やトランスジェンダーに対する「治療」と称して非科学的な矯正プログラムを実施し、子を「正常に戻したい」と考える親の受け皿になってきした。

 これらの背景から、性別違和を持つ子の存在を学校が知った場合も、親に通知するかどうかは慎重に検討すべき問題となっていました。

 近年では、子がトランスジェンダーであることを受け入れたくない親の立場に基づく言説(子が医師や専門家に騙されているといったもの)が、政治的な意図で語られるようになっています。トランプ氏は選挙戦を通じて「子どもがゲイやトランスジェンダーになるよう学校が仕向けている」「親の知らないところで手術される」などといったデマを流布してきました。現実には教員に医療行為を行う権限はなく、アメリカ全土で、保護者の同意なしに未成年者が性別適合手術を受けた事例は報告されていません(注1)。

 また、保守系の政治団体である PragerUは、性別移行を後悔している人のドキュメンタリーについて、100万ドルの予算をかけてX上で宣伝をしたとされています(注2)。性別移行を後悔する人が存在することは確かですが、専門家による研究では後悔をする人の割合は非常に少なく、性別適合医療への満足度は高いことが示されています(注3)。

 なお、この大統領令には、突発性性別違和症(Rapid Onset of Gender Dysphoria:ROGD)という言葉が何度も使われています。しかし、これは、子のアイデンティティを受け入れたくない立場の保護者が集まるオンラインコミュニティでのアンケートから作り出された疑似科学的な概念です。

 米国精神医学会などの専門家団体や多くの研究者が、この”ROGD”という概念には科学的・臨床的妥当性がないことを警告しています(注4)。大統領令は、このような疑似科学の概念を用いながら、科学的知見の蓄積に基づく医療を「ジャンクサイエンス」と言って攻撃している点に注意が必要です。

 トランプ氏や保守系の政治団体は、青少年に対する医療を廃絶することで、トランスジェンダーの社会適応を困難にし社会から排除すると同時に、人々の不安や怖れ、専門家や教員への敵対心を煽ることで、自らへの支持を得ようとする意図を持っていると考えられます。

  LGBTQの若者たちを対象とした自殺防止ホットラインを運営しているトレバー・プロジェクトによれば、未成年者への性別適合医療へのアクセス禁止などを謳う反トランスジェンダー法が制定された州において、若年の当事者が自殺を試みる数が増加していることも指摘されています(注5)。

 先に署名された1月20日付の大統領令では、トランスジェンダーの子どもに対する学校の保護を撤回することも言及されています。脆弱な立場におかれた子どもたちの命と安全を犠牲にしようとしているのが一連の大統領令です(注6、注7)。

 私たちは、トランスジェンダーの子どもたちの命と安全を守り、子どもたちに寄り添う保護者や教員、医療関係者らとの繋がりを促進できるよう、他の支援団体や人権団体とも連携し、日本からも声を上げていきます。  

注1)CNN, Fact check: Trump revives his lie that schools are secretly sending children for gender-affirming surgeries

https://edition.cnn.com/2024/10/26/politics/fact-check-trump-rogan-children-gender-affirming-surgeries/index.html

注2)NBC News, PragerU buys ‘takeover’ ad on X as part of $1M campaign to promote polarizing ‘Detrans’ film

https://www.nbcnews.com/nbc-out/out-news/prageru-buys-takeover-ad-x-part-1m-campaign-promote-polarizing-detrans-rcna123351

注3)Tネットによる文献サマリ(性別適合医療に関する満足度と後悔率)

注4)CAAPS(2021) Position Statement on Rapid Onset Gender Dysphoria (ROGD) https://www.caaps.co/rogd-statement

注5)The Trevor Project, Anti-Transgender Laws Cause up to 72% Increase in Suicide Attempts Among Transgender and Nonbinary Youth, Study Shows

https://www.thetrevorproject.org/blog/anti-transgender-laws-cause-up-to-72-increase-in-suicide-attempts-among-transgender-and-nonbinary-youth-study-shows/

※ こちらの研究についてTネットによる文献サマリを準備中です。

注6)Tネット「2025年1月20日付の米国大統領令に関する声明」

https://tnet-japan.com/202501statement/

注7)未成年に対する治療の否定では、特に、AFABの(出生時に女性に割当てられた)トランスジェンダー少年に対する身体的治療が攻撃の対象となることがあります。これは、中絶の禁止など、女性の自己決定よりもその生殖機能の管理を重視する保守的価値観とつながっているという点にも注意が必要です。

【データ紹介】トランスジェンダーの人々を対象とした医療とその満足度

2025年01月30日

近年、トランスジェンダーの人々が受ける身体的治療について、思想的な立場からこれを批判する論調が見られるようになりました。なかには、多くの当事者が治療を受けたことを「後悔している」といった主張も見られます。

 しかし、現実には、治療を受けたことを後悔する人の割合は非常に少ないということを、多くの研究が示しています。このページでは、最近の研究結果から、その一部をご紹介します。

アメリカとカナダの青少年を対象とした 思春期における性別適合医療に対する満足度と後悔度に関するコホート研究

 原題は「Levels of Satisfaction and Regret With Gender-Affirming Medical Care in Adolescence」でJAMA Pediatricsに掲載された2024年の論文です。

 この研究は、米国とカナダ(主に米国)で、思春期に二次性徴抑制剤やホルモン剤を利用した220人の青少年の経験を調査し、分析したものです。

 調査結果からは、二次性徴抑制剤の利用と、ホルモン剤の利用の双方において、非常に高い満足度が得られていることが示されました。治療期間の平均は二次性徴抑制剤については約5年、ホルモン剤については約3年で、220名のうち214名(97%)は調査時点で治療を継続し、6名(3%)のみが治療を中止したか中止の意思を示していました。いずれかもしくは一方の治療について明確な後悔を示したのは9名(4%)で、そのうち5名が治療を中止したか中止の意思を示していました。

 二次性徴抑制剤やホルモン剤を利用した時期については、いずれも94%以上の回答者が適切な時期だった、あるいはもっと早期に行いたかったと回答していました。

 回答者が最も満足していた点は、望んでいた身体的変化が得られたことで、一方、不満の主な理由は、投薬の方法(痛みなど)に関するものでした。また、治療への後悔については、治療自体に基づく理由や、社会的な理由を区別する必要がありますが、この研究ではその理由の詳細な分析には至っていません。

② 西オーストラリアの小児ジェンダー・クリニックにおける出生時性別への性自認の回帰に関するコホート研究

 原題は「Reidentification With Birth-Registered Sex in a Western Australian Pediatric Gender Clinic Cohort」でJAMA Pediatricsに掲載された2024年の論文です。

 この研究は、2014年1月1日から2020年12月31日までに、パース小児病院(西オーストラリア)のChild and Adolescent Health Service Gender Diversity Service(18歳までの小児と青年にアセスメントや性別適合医療などを提供する西オーストラリア州唯一の専門サービス)へ紹介され、必要な医療ケアが確定した全患者を対象としたものです。

 調査で対象になった548例のうち、29例(5.3%)が、アセスメントの前、またはアセスメント中に、自身を出生時に登録された性別に自認し直していました。一方、二次性徴抑制剤やホルモン治療を始めた後に、出生時に登録された性別への回帰を報告した人の割合は1.0%でした。したがって、治療を開始した患者が出生時に登録された性別に回帰する割合は非常に低いと、この研究では示唆しています。

 なお、出生時に登録された性別への回帰は、自分はトランスジェンダーではないと考えるようになったということであり、必ずしも、社会的な性別移行の中止や医療介入の中止・再移行を含むものではないということに注意する必要があります。

③ 全米トランスジェンダー平等センター  米国トランスジェンダー調査2022

 全米トランスジェンダー平等センターが実施した2022年の全米トランスジェンダー調査(2022 U.S. TRANS SURVEY)では、米国、米国領土、海外の米軍基地に居住する、 16 歳以上のバイナリーおよびノンバイナリーのトランスジェンダーを対象に、医療に関する経験や、家族関係、経済状況などを尋ねています*。この調査には9万人以上が回答しており、世界的に見て最大規模の、トランスジェンダーを対象とした調査と言えます。

*James, S.E., Herman, J.L., Durso, L.E., & Heng-Lehtinen, R. (2024). Early Insights: A Report of the 2022 U.S. Transgender Survey. National Center for Transgender Equality, Washington, DC

 ホルモン治療後の生活満足度に関する質問では、ホルモン治療を受けている回答者のほぼ全員(98%)が、ホルモン治療を受けたことで、満足度が向上したと回答しています。また、手術(gender affirming surgery)を1 種類以上受けた回答者のほぼ全員 (97%) が、手術によって生活満足度が向上したと回答しています。

出典:https://ustranssurvey.org/report/health/

④ 手術後の患者の後悔に関するシステマティック・レビュー

 アメリカ外科ジャーナルに2024年に掲載されたレビュー「A systematic review of patient regret after surgery- A common phenomenon in many specialties but rare within gender-affirmation surgery」では、一般に行なわれている形成外科手術などを患者が受けた場合の後悔率や人生において重大な選択をした場合の後悔率と、トランスジェンダーが性別適合手術(gender affirming surgery)を受けた場合の後悔率を比較しています。

 このレビューでは、学術的な手法に基づき、性別適合手術、その他の手術、手術以外の人生の選択に関する55の論文を抽出し、評価しています。

 その結果からは、性別適合手術後の後悔率は論文によって異なるものの1%以下であり、一般の人々に提供されている多くの形成外科手術よりも低いことが示されました。例えば、乳房再建術の後悔率は、やはり論文によって異なるものの0%から47.1%、豊胸手術の後悔率は5.1%から9.1%でした。また形成外科分野以外では、前立腺の摘出手術後に患者の30%が後悔しているという結果が得られていました。

 さらに、人生の選択に関する後悔を調べたいくつかの研究では、人生をやり直せるなら子どもを持ちたくないと答えた親が7%、タトゥーを入れたことに後悔する割合が16.2%であるなど、高い後悔率が示されていました。

 レビューでは、これらの手術や人生の選択に比べ、性別適合手術について後悔を経験する割合は極めて低いと評価しています。

 レビューは、その考察で、性別適合手術の後悔率が低い理由として、慎重な事前のプロセス(精神健康面でのサポートやホルモン治療など)があることを指摘しています。また、手術への後悔はどのような手術でも生じる可能性があり、事前の十分な情報提供と意思決定のサポートが大切であると指摘しています。さらに、患者がフォローアップを受けないなどの事情で後悔率が過少評価される傾向は、どのような手術においてもあること、一方で、性別適合手術への後悔については、治療の規制を推進しようとする政治的な動きに利用されやすく、調査と評価にあたって独特の課題があることに言及しています。

  

2025年1月20日付の米国大統領令に関する声明

2025年01月23日

2025年1月20日付の米国大統領令に関する声明

2025年1月23日

Tネット

 2025年1月20日、ドナルド・トランプ米大統領は、性別の認識に関する連邦政府の方針を変更する、新たな大統領令に署名しました。私たちTネットはこれを、トランスジェンダーの人びとの人権とその生活を深刻に脅かす危険なものであると考えます。そして、この大統領令が、米国に暮らすトランスジェンダーだけでなく、LGBTQ+の人びと全体、そして日本を含む国際社会に深刻な影響を与えうることを強く憂慮します。

 この大統領令は、連邦政府の発行するパスポートやビザ、また連邦政府関係機関で働く人の人事登録における性別の登録を、全て「生物学的な性別(biological sex)」に合わせるよう求めています。そして、その場合のsexとは、その人が「受精の時点」で精子を作る方に属する人か、卵子を作る方に属する人かで定義されるとしています(注1)

 このような定義を性別の登録において強制すれば、すでに社会生活上の性別を移行して暮らしているトランスジェンダーの人びとのプライバシーが暴かれることになります。これらの人々は、社会的な性別のあり方と性別の登録が一致した状態から矛盾した状態へと変えられることになり、就労や渡航において偏見にさらされ、トラブルに巻き込まれることになります。

 この大統領令は、トイレなどの施設利用に関しても混乱を生み出します。例えば、すでに男性として生活し、周囲とも男性として人間関係を構築しているトランスジェンダーの男性は、この大統領令によって、連邦政府の施設を利用する際に女性用トイレを使用することを強制され、また、収監される場合には女子刑務所に収監されることとなります。トランスジェンダーの女性も、同様の矛盾を強いられます。

 本来は、当事者一人ひとりの状況や周囲との関係に即した運用をすることで、混乱を防止することが可能です。しかし「精子か卵子か」といった規則を適用すれば、現場に無用な混乱が生じるばかりでなく、暴力を誘発し安全を損ねる危険があります。

 共和党とその支持層は、女性のセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の縮減を進めてきました。この大統領令もまた、思想的背景に基づいて性別の規範を強制しようとする一連の動きに連なるもので、現実に「女性を守る」ようなものではありません(注2)。その意図は、社会にあえて混乱を招き、トランスジェンダーの人々の社会生活が困難となるよう仕向けることで公的社会から排除していくこと、それによって過激な中核的支持層の歓心を得ることにあると考えられます。

 とりわけ、トランスジェンダーの子どもや若者が教育現場で受ける影響は、見過ごすことができません。今回の大統領令では、学校において、トランスジェンダーだけでなく、同性愛者なども含めたLGBTQ+の児童・生徒を保護してきた多くの施策を撤回するよう要求しています。これらの子どもたちにとって、学校は、いじめやハラスメント、構造的な差別に直面しやすい場であり、安全とは言えない環境です。弱い立場に置かれた子どもたちから、安心して学べる場を奪うことは、未来の可能性を大きく狭めることにつながります。

 カミングアウトをする人も少なく実態が知られていないトランスジェンダーを標的とし、人々の敵意を煽ることで支持を得ようとする姿勢は、とうてい容認できるものではありません。特に、米国の大統領が過激な姿勢を示すことで、日本国内においても見られる差別的・反社会的言説や、社会の分断が加速されることを私たちは懸念します。

 また、社会のリーダーであるべき政治家が率先して、出身地、人種、民族、性別、性的指向・性自認などの属性や経験に基づく差別や排除を促すことに強く抗議します。

以上

注1:
「出生の時点」ではなく「受精の時点」という記述は一般的に見て奇異であり、一部には、受精卵を人と見なして妊娠中絶の自己決定を否定する考え方を反映しているとの見方もあります。

注2:
大統領令は、この方針変更によって「女性を守る」と謳っています。しかし、出生上の性の区分にしたがった施設利用を強制すれば、多くのトランスジェンダーが(女性も男性も)見た目と逆の施設を使うこととなり、混乱が増大します。シスジェンダーであっても、男性的な外見や体格をもつ女性は疑いの目を向けられ、暴力などの被害に会いやすくなることが考えられます。また、大統領令の定義によればトランスジェンダーの男性は「女性」に含まれますが、そのような人が「守る」対象に含まれていないことは明らかです。さらに、社会的な脆弱性ではなく生殖能力を根拠として女性を保護するという考え方は、女性を「産む装置」とみなす社会への逆行につながるという点に注意が必要です。

本件についての問い合わせ先

メール : transgender.network.jp@gmail.com(事務局メールアドレス)
Webサイトhttps://tnet-japan.com/

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Tnet

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Tnetとは

Tネットは、トランスジェンダーに関する情報発信に取り組んできた当事者ら有志によるネットワークで、2024年8月に発足しました。

代表は、木本奏太、野宮亜紀の2名が共同で務めています。今後、トランスジェンダーを取り巻く社会環境の変化を踏まえて、情報発信や提言、イベント、学習会、メディア向けセミナーの開催などを行っていく予定です。また、Webサイトでの情報発信についても、今後充実させていく予定です。

野宮亜紀
Aki Nomiya

1998年からトランスジェンダーの自助・支援グループに運営メンバーとして携わり、2000年から東京レズビアン&ゲイパレードの実行委員、その後、パレードの主催団体であった東京プライドの理事を務める。2005年から大学で非常勤講師としてジェンダー、セクシュアリティについての講義を担当。

木本奏太
Kanata Kimoto

YouTuber/映像クリエイター
大阪芸術大学映像学科卒。
YouTubeチャンネル「かなたいむ。」にて活動。トランスジェンダー男性、25歳で性別適合手術をし、現在は戸籍上も男性として生活。「映像を通して誰かの何かのきっかけに」と、SNSでLGBTQ+、耳の聞こえない両親との生活、ありのままの日常などを発信。